アラサーライター吉原由梨の 「ようやく大人 まだまだ女」

フリーライター/コラムニスト、吉原由梨のブログです。 Webサイトを中心に執筆しています。 都内の大学法学部卒業後、 ITメーカーOL→ 研究機関秘書職→ 専業主婦→ フリーライター兼主婦 日々感じること、ふとしたことからの気づきを綴っています。恋愛と結婚を含む男女のパートナーシップ、人間関係、心身の健康、家庭と仕事、グルメや読書の話など。美味しいもの、マッサージ、ふなっしー大好き。 Twitter:@yuriyoshihara こちらもお気軽に。

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仕事

もうすぐ1月が終わる。「1月は行く」ってそのとおりですね。

今月はとてもとてもバタバタしております。
物理的にも、精神的にも。忙しかった。ヘロヘロです。

■立ち位置に直面する

とくにこのところ、自分のレベルの低さを痛感しています。
最近、Webメディアの世界でかなりキャリアを積まれ、確実に実力をお持ちな方(と私がいうのもおこがまし過ぎるくらい……)に文章を見ていただく機会に恵まれて、私としては決して手抜きではないつもりの文章を提出しました。

数日後、丁寧な総論的なコメントと、各論的なピンポイントの朱が入った原稿を返していただいた時、うなりました。

「私、スタートライン手前だこれ……」

もちろんその指摘の中には、マナトン(媒体によるマナー・トーン)的なものも若干含まれましたが、でもその僅かなもの以外は「どこに書くにしたってそらそうだよね」と納得の行くものばかり。
なにが「決して手抜きではない」だ、ちゃんちゃらおかしいわ、と自分に失笑しました。

しっかり指摘していただいて「成長のチャンス!」と嬉しい反面、その修正に変に悩み過ぎたのか、力み過ぎたのかして、いま「私の文章って、どんなだっけ?」状態に言葉が流れるように出てこなくなったんです。出てきても、リズムが悪い。このブログも眉間にシワ寄せながら書いてます。
絞り切った雑巾みたいに、心と脳みそが乾いてる。

まるでセンター試験の一週間前に現代文の問題がサッパリ読めなくなった高校生のときのよう……。
   
誤解の無いように付け加えますが、決して先方の指摘が厳しすぎたとかそういうことでは全くありません。極めて良識的で、的を得た指摘でした。お忙しい中時間を割いてくださり、感謝しかありません。その後起こったことは、私側の問題です。

■大きな勘違いに気づくのはショックだけど、意義深い

なんだかんだ言って、ライティングを始めて10ヶ月の間に、0から1くらいにはなったんじゃないかと思ってました。
仕事の記事のPVも悪くない、ブログのアクセス数も増えてきた、はてなブログはこの前初めてホットエントリ入りした……まだまだ駆け出しながらも、レベル0からレベル1くらいにはなったかなぁなんて漠然と考えていました。

でも違ったんです。まだマイナスでした。
0ですらない、マイナス。

正直がっくし来ました。能力の低さを目の当たりにするのは、いくつになってもやっぱり辛いもんです。
頭も心も絞り切った雑巾みたいになったのは、この「つくづく自分ダメだなぁ」の影響が大きいんだと思います


でも、このままレベル1だと勘違いして進むよりは、マイナスだと気づけたことは確実に糧だし、マイナスを埋めていく作業はしっかりした足場を
築くことに繋がるはず。
砂浜の上には、城どころか多分、小屋すら建たない。

気づく機会をくださった方に感謝するとともに、マイナスな私をチアアップし続けてくださってる方々にも感謝を。

■充電重視の期間と、2年目の展望

そんなこんなで「考え過ぎてわけわからなくなったら一回離れろ」の経験則のとおり、今はなるべく書くことに関して考える時間を減らしています。
カラッカラの雑巾がいい感じに水分を含んで、またリズムよく言葉が湧いてくるまで。五感をつかって潤いの充電を。


ライター2年目は、マイナスを埋めていく作業から始まりそうです。地味ですね。
でもありていに言えば「苦しいときは上り坂。」
苦しい時がないなんて、よほどの天才か、向上心ゼロかのどちらかですからね。
どっちでもない私は、ジタバタともがくことにします。

よく聞かれる。
「なんでライターに?」と。
そりゃ聞きたくもなるだろう。30代、出版にもWebにも関わったことはなく、全く違う職種からブランクを経ていきなりフリーの物書き。
わけがわからない。

質問される度、私は二つある動機のうち、現実的なほうの回答をかえす。
「文章を書くことは好きですし、結婚したこともあって、これから場所を問わず長く続けられる仕事がしたい。体力的な無理がきかないこともあって、フリーランスを選びました。」
これも本音だ。
30代になって、「自分は30代何がしたいのか」が全く描けてないことに気がついた。20代は盛りだくさんだった。病気をこじらせてほとんど谷、崖、ばかりだったと記憶しているけれど、そのなかでも自分の足で立つんだと必死にもがいて、その結果得たものもあったし、奇特な人とめぐりあえて結婚もした。
漫然と生きた感はない。
おそらく私は、40歳になったとき、30代を振り返る。そのとき「夫のことは支えたけど、自分名義では特になにもしなかったなぁ……」ではあまりにむなしい。主婦も立派な仕事だが、私はそれじゃ納得しないだろうと思った。じゃあ何をやろうかと模索していたときにアンテナにひっかかったのがライティングだった。
本格的にやるなら、どこかの編プロに弟子入りするのが一番に違いない。でも、体調面でフルタイムで勤めるのは難しい。コンスタントな出勤も難しい。遠回りだと分かっていてもフリーを選んだ。
そんな次第。

でも動機はそれだけじゃない。
むしろ、書いていくうちにもうひとつの方の理由が大きくなってきている。
それは「誰かの生きづらさを和らげたい」

なにをえらっそうに、と思われるのを覚悟でここに書いている。
8か月前まで三点リーダの使い方も知らなかった十把一絡げ素人ライターだ。日本語の表記のルールも全部書籍やネットで独学。現在進行中。記者ハンドブックは必須。身の程はわきまえているつもり。

それでも敢えて書く。
「誰かの生きづらさを和らげたい」
生きづらさを自分がさんざん感じてきたから。

アプローチはいろいろあると思う。

実用的なライフハック、仕事術などのhow to記事。これらは分かりやすく役に立つ。また政治や経済、社会について分かりやすい情報を伝えることは、生きやすさにつながる。
そこまで直接的でなくとも、たとえばめちゃくちゃ笑える記事を書いて日常の悩みから束の間離れる時間をつくることだってあてはまるし、ほっこりしたエッセイや、しっとりしたコラムで心を豊かにできるひとときを提供するのもそのひとつだ。
むしろ、実体験をもとに見解を述べたコラムやエッセイなどのほうが、筆者の切り口でものごとの新しい解釈を提示できるし、読者が「自分だったらどう思うかな」と考える余白があって、気づきを促す力は大きいと思う。自らを投影するひともいるかもしれない。

そう考えるとどんな記事でも私の目標は達成できるしゆくゆくはそんなマルチな書き手になりたいが、いまは特に2つの点に思いが集中している。

1つは、レール通り、型通りの人生(女性なら恋愛・結婚・出産)を歩まなきゃと生きづらく感じているひとに、「そうじゃなくてもいい。強迫観念から解放されよう。」というメッセージを発したい。ありふれた言葉を使えば、多様性という概念をもっともっと世の中に浸透させたい。(先日のアドベントカレンダーの記事でも書きました)
自分の人生を主体的に自由に生きていいんだ、と気づいてほしい。世の中はメディアが切り取るよりよほど混沌としていて、王道を行く人は実際にはごく一握りだ。性的マイノリティや、いわゆるこれまでの「ふつう」とはずれていて、自分は王道を歩めないと悩む人に、肩の力が抜けて心にすっと風が通るような感覚を得てほしい。本や哲学や様々な知見を紹介することで、新しい視点や気付きのきっかけを得てもらえたら嬉しい。

2つ目は、心身の不調に悩むひとに向けて。
このブログには、自分の内面や、病気で生きづらくて苦しかった体験もかなり赤裸々に書いている。
【メンタル】「生きたい」と思った自分に驚いた
思い出すのは、正直辛い。自慢できることでもない。
それでも書くのは、もしいま当時の私と同じような苦しみを抱えているひとがそれを読んでくれたとき、
「自分だけじゃないんだ」
「どん底から這い上がって行けたひと、いるんだ」
と少しでも救いを得てほしいから。
医者ではないから上から目線のアドバイスはできないし解決もできない。でも、同じ目線で苦しんだからこそ理解できる心情、苦しさ、現実的に解決しなければいけないことへの対処法など、共有できることがきっとあるはず。苦しむ当人や、周りの人たちのヒントに少しでもなればいい。
読んでくれたひとの「生きづらさ」が少しでも和らいでくれたら、こんなうれしいことはない。



このふたつに限らず、ほんの些細なことから大きなことまで、生きづらさは世の中に溢れている。仕事、家庭、人間関係、病気、お金……。
それに毎日ぶつかって、それでもどっこい、幸せや楽しさをみつけてなんとか生きていこうかねーと前を向いてる人がほとんどだろう。
あらゆる(まっとうな)ビジネスが最終的には「生きづらさの解消」につながると思うが、私は現時点ではライティングという手段で、微力でもその一端を担いたいと思っている。

2015年もあと10日、残りあとどのくらい更新できるか分からないので、現時点での思いをここに書きとどめておく。



追記)昨日の情熱大陸で、羽田圭介氏の「小説は誰かを救うことだってできる。」という言葉が紹介されていた。これまで、私が彼に惹かれるのは、小説そのものや、独特のキャラクター、ストイックさとユーモアのバランスだろうかと漠然と考えていたが、根底にある彼の思想に惹きつけられていたんだなとようやく分かった。

私は新卒で入社した企業を一年で辞めた。

原因はパワハラでもモラハラでもなく、外資系IT関連企業のスピード感とスケール感と業務量に、新人女子社員が体力的・気力的・能力的に追いつけなくて倒れた。ただそれだけのこと。

なので、企業側に落ち度は無く、むしろそこで叩き込まれた「学生から社会人になるための意識変革」がその後の仕事の役に立ってくれている。

 

◆徹底したコスト意識

入社直後の研修で叩き込まれたのは君たちはいまここに存在しているだけで会社にとってコストである」ということ。

研修を受けているだけで何も生み出さない社員に支払われる給料、企業が国に納める社会保険料、研修に必要な人件費、使用しているホールや会議室の光熱費、配布される資料の作成費、当然すべてコストである。

「一秒一秒、会社のコストを膨らませていることを十分に意識して、研修に励んでほしい。」

という初日の人事担当者の言葉をよく覚えている。

 

◆お金を「払う立場」から「もらう立場」へ

学生は、自分なり親なりが学費を支払って勉強している。が、就職すればお金をもらう立場だ。会社でやる作業は研修だろうがなんだろうが「お金をもらって」する作業である。悩むばかりで成果物を報告できない作業、長いばかりで結論の出ない会議などもってのほか。自分の行動が対価に値するものか常にチェックする。

大学生に毛の生えた程度の新入社員は、意識の180度転換を求められる。

 

◆納期に間に合わなければ0

仕事には納期がある。クライアントの満足度を高めるために仕事の質を高めたい、とどんなに熱心に作業に励んでも、納期に間に合わなければ何もしなかったのと変わらない。

学生の頃は、ちょっと締め切りをすぎたくらいなら熱意を示せばなんとかレポートを受理してもらえて、評価の対象にしてもらえたものだが、ビジネスシーンでそんなことが起きるのはまぁドラマの中くらいだろう。珍しいからドラマになるのだ。

「何が何でも納期は守れ。」

OJTで叩き込まれた。

 

***************************

 

どれも超基本的なことだ。これを読んだ方は、当たり前のことを何を今さら、と思う方が大半だろう。

 

でも、意外とわかっていない人にも遭遇する。

病気退職して、次の職場に就職したとき、おじさま方の意識のゆるさに度肝をぬかれた。守られない納期、着地点の設定なしに開始して結論の出ない無駄な会議に何度いらついたことか。

文化の違い、で片づけてしまえば良いだけかもしれないが、私は新卒でこの2番目の職場につとめていたら、一生上述の3点を明確に意識できなかったんじゃないかと思う。

そしてきっと、「お金をいただいてものを書く」ということも趣味の延長程度にとらえて、納期もぐだぐだな、ダメフリーライターの代表になっていたことだろう。

 

だから、基礎の基礎を叩き込んでくれた最初の職場にはとても感謝している。

 

にもかかわらず、何もできない「コスト」のまま退職してしまいもはや回収の見込みのない不良債権状態になってしまって、大変申し訳ない。

しかもそんな不良債権人間に、退職後2年くらい経った頃だろうか。内輪の飲み会をやるから来ないかと声をかけてくれた。せっかくなのでと図々しいのを承知で行ってみると温かく迎えてもらえ、「今はあたらしい職場でなんとかやってます。」と近況報告をし、四方山話で大盛り上がりした。そして驚いたことに、解散後にマネージャーから「吉原さん、もう一度一緒にやりませんか?その気があれば、私は本気で迎えますよ。」というメールをいただいたのだ。

……なんと懐の広い。むだに高学歴なくせに何も貢献しなかった人間に、もう一度来い、とはなかなか言えない。

また同じことになるのが怖かったので丁重にお断りさせていただいたが、この恩は一生忘れないと思う。

**************************

 

私がそこに社員として戻ることはもうないだろうが、いつか何かの形で恩返ししたい。その日を迎えるためにも、上述の3点をいつも頭の隅に置きながら今の仕事に励もう。

 


ということで、お仕事のご依頼まってます。(結局宣伝)

 

 1018日、ブロガーズフェスティバル2015というイベントに参加しました。名前の通り、ブロガーさんのお祭りです。

お祭りといっても単なる情報交換会や交流会ではなく、ブログに関する各分野に秀でた方が登壇され、それぞれ講義を繰り広げてくださるという、セミナー色を含むものです。その登壇者の方々がまぁ豪華!!垂涎ものです…。

 

ですが生まれてこのかた、フジロックをはじめとする音楽フェスにも、とにかく「フェス」と名のつくものに参加したことのない私。

しかも、ブロガーズフェスティバル。私はブログを書いていますし、読んでくださっている方はご存じのとおり、毎回つらつらと長く、愛情かけた文章を一つずつ生み出しているつもりです。でも、マネタイズもしていなければ、人気ブロガーというわけでもない。「ブロガー友達」のような存在もいません。

そして本業は、取材記事やコラムを書いて、メディアに寄稿して発信していただくこと。商業ライター/コラムニストです。

なんだか場違いのような気がして、参加を迷っていました。

 

 それでも結局参加してみることに決めたのは、

・仕事に対して最近個人に考えている課題のヒントが得られる気がし
・いつも読んでいるブロガーさんと直接話したい
・商業ライター/コラムニストと隣接するブロガーの世界を覗いてみたい。絶対発見があるから。
・そしてそれを自分のブログにも活かしたい
大きくこの4点です。

 各セッションの登壇者のお名前と話すテーマを見たとき、これはきっと得るものがある、

と思えました。


◇当日のセッション内容と感じたこと

内容の詳しいレビューは、おそらく他のブロガーさんがたくさん書かれていると思います。このブログでは、忠実に再現するというよりも私の印象に残った点を書きますので、「正確な内容をすべて知りたい」と思われる方は他のブログもチェックされることをお勧めします。また、聴くこととメモに集中していたので写真は一切ありません。文章ばかりで読みづらいと思いますが、ご了承ください…。

1セッション:朽木誠一郎さん「ライターとブロガーの違い」
一つめのセッションとしてはぴったり。LIGで編集長をされていた頃から、Twitterを通じて、ライティングスキルについての記事を拝読していました。転職されてからも、ブログや、お仕事の記事を拝読しては、とてもクリアな文章でわかりやすいな(そしてユーモアも素晴らしい)といつも感銘をうけてきました。

そんな方のセッションなので、もうこれはやっと生でお話が聴ける!と前から3列目(大学時代ではありえない)で拝聴。
 セッションの内容も、基本的ながら大切な、本質的なことに言及されていて、やはり腑に落ちます。大学の講義もこれくらいクリアだったらどんなによかったか

 

まず「ライター」というのは広義には包括概念であって、ブロガーも商業ライターもコラムニストも記者もそこに含まれるというお話でした。ただし、商業ライターは「他者の意見」を伝えるもので記者に近く、ブロガーは自分の意見を伝えるもので「コラムニスト」に近い、と。表題の答えを端的に示されたのが、ここかな、と思います。

この区別は私も日々感じていることで、取材記事やPR記事を書くときの自分の立ち位置と、コラム的文章を書くときの立ち位置は全く違うんです。その体感があったので、この解には深く深く頷きました。

 

また、「メディアとは、情報伝達におけるモビルスーツである。発信したいことをより速く、広く伝えるための手段。ただし、その力が強大なだけに、取り扱いに注意しなければいけない。」というお話も。これも納得です。強い手段であるからこそ、両刃の剣。真摯に、心を持ってつかわなければ誰かを傷つける可能性が多分にあるのです。
 普段から、あまり強い言葉は使わず、でも説得力がある文章を書かれる朽木さんらしい警告だなと感じました。
 最後に、ライターの魅力について「頭の中から生み出される文章というものが価値を生み出していく。それは素晴らしく夢がある。」と仰っていました。すべてのライターの心にしみる言葉だと思います。あと、「人の職業を悪く言うな 」も()


 セッション後、ご挨拶した際に、ちゃっかり講義に関係する私の個人的な迷いや疑問の話をしたところ、真摯に答えてくださいました。アドバイス、しっかり受け止めさせていただきます!




2セッション:Edge Rankのみなさん「ブログのネタを多様化させるための秘訣~ブロがーメルマガEdge Rankメンバーが語るオフラインでの活動~」

 

個性豊かな8名(お一人はアメリカからオンライン中継参加!)が、代わる代わる登壇されました。
東京の外から発信する方、
東京近郊にいるけどあえて地方に潜入取材にいって発信する方、
東京の中から発信する方、

それぞれの視点が面白い。
 皆さん共通して、ブログやネット上での活動と、それ以外(
オフライン)での活動をうまく結びつけていき、両者が相乗効果をうむという現象・効果を重視してらっしゃいました。ブログがきっかけでいろいろなチャンス(具体的には、TVやラジオへの出演、書籍の出版、町おこしへの参加、様々なイベントの実施など)が広がり、そのチャンスをつかんだ経験からまたブログのネタがうまれる……非常に良い循環の中にいらっしゃること、そしてもちろんそのために人一倍行動されていることが伝わってきます。
 

編集長の奥野さんは、「飲みにいくだけでも仕事につながったことありますよ」と何気なく話してらっしゃいましたが、それはその時点までの積み重ねと実力あってこそ。でもそれを、軽いタッチで気さくに話される人柄が、またブログにも反映されているなーと感じながら聴いていました。

そして「とにかく動こう、人に出会おう。」

これがこのセッションで一番強く押し出されたメッセージかな、と思います。ずーっとパソコンと向かい合っているのも良いけれど、「動く」ことでチャンスが見つかったり、それがブログにもいかされたり…。もちろん書くジャンルによって差はありますが、「リアルでの行動」の重要さに改めて気づかされたセッションでした。

 



3セッション:鳥井弘文さん、紫原明子さん、ファーレンハイトさん「これからの個人とブログとメディアのつながり」

 ブログをきっかけに、寄稿や連載、編集長やメディア運営など幅広くご活躍されているお三方の登壇です。一番聴きたかったセッションかもしれません。

 

セッションが始まってまず感じたのは、チームワークの抜群さかなりの打ち合わせをしてこられたんだろうなと伝わってくる、きちんとまとまったトークセッションである一方で、その場のオーディエンスの属性やニーズにあわせて柔軟に話すポイントをアレンジしようという姿勢にも、お三方の真面目さと、プロフェッショナルなサービス精神が表れていました。
  

セッションの中で特に勉強になった点を挙げていきます。

 

まず「連載や寄稿では読後感を大切にしている。」というお話。「高揚感を得てほしい。」「いい気分になってほしい。」などそれぞれ読後感をゴールとして設定して、そこから逆算して文章を書かれることもあるんだそうです。この考え方は自分が文章を書くとき明確に意識したことが無く、せいぜい「文章の雰囲気」や「文章を読んでの印象」どまりだったので、これからぜひ取り入れようと思いました。

 

また、ブログをきっかけに執筆の場を広げたいなら、一時的なバズは最初の知られるためのステップとしては必要かも。ゲスい話や、突飛な教訓もたまには必要。でも長く寄稿や連載をするなら、それをずっと続けていくのではだめ。『結局自分が何を伝えたいか』のゴールを持っておくことが肝心。とのお話も。
言い換えると、「下剋上のち、天下統一。いつまでも過激なことや突飛もないことを書くのではない。下剋上がすんだら、いかに天下統一して泰平の世を作り出すかというようなビジョンが必要。」と、特に鳥井さん、紫原さんが強調されていました。
 ファーレンハイトさんも、「かつてはメディア側もとにかくバズらせて下さい、ホットエントリー入りさせてください、という依頼をしてくることが多かったが、最近は減ってきた。それ以外の価値が、認められつつある」と。

このお話には、深く聴き入った人が多かったのではないかと個人的に思っています。

「バズる」という現象の是非についてはもう賛否両論あり過ぎるくらいですが、激しく肯定するでも否定するでもなく、バズにも良い面があるが、それが最終目的ではないんだ、乱世で名を上げるには有効だがそのままでは良い世の中を長続きさせることにはならない、と冷静かつニュートラルに語られる言葉は非常に建設的でした。しかもそれを実践して活躍してらっしゃる方々の言葉ですから、説得力も十二分です。


 そして、ファーレンハイトさんがおっしゃったジャンルにおけるポジション取りの重要さ」も、なるほどと納得しました。いくらレッドオーシャンな分野で書いていても、その分野で10番目くらいまでに名前が挙がる存在になっていれば、寄稿も連載も依頼がきやすい、と。たしかにその通りです。

 私自身がとても共感したのは、「エッセイは身を削る。体験の蓄積が必要。」という紫原さんの言葉です。紫原さんは、「寄稿や連載の場合、エッセイには実体験・エピソードと、教訓・思いの両方が必要」と話されていました。紫原さんと私では書いている文章の量もレベルも全く違いますが、私も「エッセイ」的な文章を書くときは自然とその両者を盛り込んでいます。(このブログで【エッセイ】とついている記事もほぼそうです。)

私でさえも、実体験をエピソードとして書き、そこから得た教訓や考えを文章化するときは、身を削りながら書いている感覚になり、消耗します。また、そういった文章は自分の人生体験のストックを一つずつ引き出して書いているようなものなので、新しくストックをどんどん作らないといけない。ストック無くなったらどうしよう…という思いにいつも駆られます。
 そんなこと思っているのは私だけなのかなぁと思っていたら、なんと今をときめくエッセイストも同じことを感じてらっしゃるとは!連載をたくさん抱えてらっしゃるぶん、そのプレッシャーはどれほどか想像がつきません…。私も感性を磨き、体験をどんどん増やしていこうと改めて思った瞬間でした。


……あと個人的な、かつとても薄っぺらい感想ですがファーレンハイトさんと鳥井さん、それぞれタイプは違えどイケメン過ぎです二人に囲まれる紫原さんがうらやましい……。でも、紅一点の紫原さんの緊張気味の笑顔と柔らかさとが、セッションをあったかく華やかにしていました。

3人とも書かれる文章のジャンルも、文体も、煽るか煽らないかという点でもそれぞれ違います。でも、その違いをリスペクトしあいながら、本質的なところでは考え方が一致しているんだなぁという印象が強かったです。

 本当に勉強になるセッションを拝聴できました。

 

 

3セッションともどれも聴きごたえがあり、笑いどころもあり、大変有意義な時間でした。

 

 

◇ライトニングトーク、懇親会

その後のライトニングトーク(事前に応募したブロガーさんが5分間で自分のブログについて自由にプレゼンをする。聴衆による投票有り。)で登壇された皆さんもそれぞれに素晴らしく、特に優勝された宮原さんの「ブログでは文章が読まれているのではない、自分自身が読まれている。」というメッセージは真理をついているなぁと、一票入れさせていただきました。

 

懇親会では、日頃ブログを拝読しているブロガーさんや、初めて出会う方ともご挨拶でき、人見知りの私にはハードル高めの時間でしたが(笑)本当に参加してよかったです。

 

 

◇全体を通じて

「専業ブロガーとして生計をたてたい」とは思っていない私でも、ブロガーズフェスティバルで学ぶことは山ほどありましたし、何より参加しなければ知ることが出来なかった世界を覗くことが出来ました。日頃自分が生きている世界と、言ってみれば「隣接している」分野ですから、改めて自分の立ち位置やこれからも方向性を客観視する機会にもなります。先輩方に相談にのっていただく機会も得られました。目から鱗が落ちるような貴重なアドバイスに感動です。

このような素晴らしい場を提供してくださった主催者やスタッフの皆様、ツイッターで「行こうかなぁ、場違いかなぁ。」とぼやいていた私に「ぜひ!」と背中を押してくださった紫原さんとファーレンハイトさん、事前にもろもろ親切なご案内を下さった実行委員長の奥野さん、登壇者の皆様、お話しさせていただいた皆様に、心より御礼申し上げます。

 

 

そして、この長い長い記事(5000字強)を最後まで読んでくださったあなたにも、感謝申し上げます!

 

 

(追記)会場でスポンサー企業様から、「レビュー記事を書いてくれるブロガーさんにはチーズケーキを提供します」という魅力的すぎる提案があり、当然「書きます!」と喜び勇んでチーズケーキを持って帰った私。近いうちにレビューします☆

#ブロフェス2015 

今年も気づけばあと二ヶ月半。

はやい…。

Webライターを始めた、Twitterを始めた、ブログを始めた、はじめてマンション購入を検討した

など「やった」こともそれなりにありますが、

「やり残したこと」もたくさんあります。

年末までにすっきり終わらせたいことをここで一度リストアップ。

体重を戻す
 今年、ぶくぶく太ったんです。ほんとにまずい。去年の今頃より五キロ増!!どんだけ自己管理できていないんだ…
 ひとまず、グルテンフリーから取り組んでいます。

○虫歯を治す
 奥歯にぽちっと黒い点。磨いても磨いてもとれる気配なし。はい、虫歯ですね。
 あと下の前歯が微妙に割れた気がします。
 「なんで定期的に来ないの!」と怒られるのが目に見えてるし、歯医者こわいしなかなか足が向かないんですが、そんなこと言ってないで行かないと。。
 歯が元気じゃないと、おばあちゃんになったとき美味しいもの食べられないですからね!

○確定申告の準備
 青色申告を毎年している我が家。
 先日、保険会社から生命保険控除証明書が届いて「もうそんな季節!?」と頭を殴られたくらいの衝撃…。私が新しく仕事を始めたこと、夫も今年は輪をかけて忙しかったこともあって、全く記帳をしておりません。(青色申告は、複式簿記で記帳をして、貸借対照表や損益決算書を提出する必要があります) 
 領収書もきっちり整理されているとは言いがたい。
 まずいです。年明け大変なことになります。
 せめてそれなりに下準備を年内に!!

○春画展にいく
 これはマストではないものの、これを逃したらもう死ぬまで行けないかも。来月の平日を狙って、必ず行きます。興味津々。

○乳ガン検診にいく
 正直、「この年齢ならまだいいだろう」と思っていました。実際、自治体から「無料検診クーポン」が届くのは40歳以上。私の年齢だと、子宮がん・子宮頸がん検診のみです。
 でも、同世代の方が乳がんでなくなったり、北斗晶さんのニュースがあったりと、がんについて何かと考えさせられた最近の出来事…。費用は自己負担で決して安くはありませんが、命には代えられないので一度きちんと行こうと思っています。

○夫の課題達成を支える
 今年後半に入ってから、夫が新しい課題に取り組んでいます。仕事上、今後のキャリア向上のため必要にせまられて。その達成期限の一つの目安が今年いっぱいです。
 本来ならもっと時間をかけて取り組む課題なのですが、通常業務の多忙さが災いして取り組むスタートがかなり遅れてしまい、周りの何倍ものスピードで準備しなければいけない状況になっています。

 傍で見ていて、「まぁそんな忙しい仕事と並行してよくやるな・・・」と思うくらい努力はしているのですが、やっぱり人間ですから、怠けたくなったり、愚痴りたくなったり、疲れすぎて弱気になったり・・・。いろいろあります。そこをどうにか慰め、労わり、ときには叱咤激励してcheer upするのが、家族である私の役目かなと思っています。
 
 正直なところ、夫が取り組んでいる課題が達成された場合、この先私はちょっとしたハードシップを課されることになるので、心の底からwelcomeではありません。不安すぎて悪夢さえみます。
 でも、それについては何度も話し合い、彼のキャリアにとっては欠かせない通過点であることを理解して、そして私もいま彼が描いているキャリアパスを応援しようと決めたので、「一年や二年のハードシップは、この先何十年の人生のための踏ん張りどころだ」と腹をくくることにしました。
 どうのこうの言っても、そういう人生を送る男性を伴侶に選んだのは自分です。それに、私の気持ちも聞かずに「俺の生き方についてこい。」と言われたわけではなく、きちんと話し合った結果。仮に私が「何が何でもいやだ。」といえば、夫はキャリアパスを描き直すかもしれない。でも、それはしたくないんです。私と結婚したことで相手の人生がマイナスに振れるのは絶対にいや。

 ということで、最近はもっぱらその課題のことが我が家の中心なのですが、支えるって難しいですね。

 自分が努力すればいい場面は、もちろん苦しいけれどやることは単純明快。でも支える立場は、そのとき何が必要なのか、最適なのかを見極めるのに苦心します。
 母親じゃないんだから、ぎゃーぎゃー口うるさく言いすぎてもいけない。でも適度に励ましたい。そして労わってもあげたい。出過ぎず、引きすぎず、適度な熱感で「見守る」ことの難しさを痛感しています。

 そして、それを通じてこれまで自分の人生を見守ってきてくれた家族の苦労みたいなものが、うっすらとですが理解できました。受験や就職活動、仕事を始めてから、そして闘病生活・・・。
 手を貸せるところ、本人に任せてひたすら祈り見守るしかないところ、そういう色々にやきもきしながら娘を支えてくれた親の目線に、いまさらながら感謝です。


○自分の新しい挑戦
夫のことばかり支えている場合でもありません。自分も成長しなきゃ。
 ライター・コラムニストとして仕事をさせていただくようになってから半年と少し。フリーランスですから同僚もおらず、編集者の方に助けてはいただけるものの、基本は単独作業。未経験から飛び込んだのではっきりいって「ズブの素人」です。何の知識もありません。
 いま、「Webライターを名乗れば誰でもWebライター」と揶揄する人もいるくらい、巷にはライターが溢れています。なかには信じられないくらい安い単価で書いている人も。掃いて捨てるほどいるライターがこれから少しずつ淘汰されていく中で、細々とでもいいので、私は生き残りたいです。
 「ズブの素人」がどうやったら生き残れるか…。半年間、いただけるお仕事をとにかく誠実に納品し、あやふやな日本語の用法や表記については一つ一つ確認し、「読んでもらうための文章」とは何ぞやかを知るために本を読みました。変な書き癖がつく前に、基本を知りたかったのです。
 ツイッターで有名ブロガーさんや、ライターさん、編集者さんをフォローさせていただいて、何でも吸収しようとまめにチェックするのも習慣になりました。皆さんやはり基本的な文章力はもちろんですが、独特の切り口、感性、そして(インタビューの場合)取材対象者の意図を的確に伝えようとする姿勢がひしひしと伝わってきます。複数のメディアで書かれている方は、当然ながらメディアごとのカラーやニーズによって文体も言葉選びもしっかり使い分けていらっしゃいます。基礎がある上でのアレンジ、という視点で読むととても興味深い。そして具体的なライティングスキルについて言及される方もいらして、そういう記事はもう私にとっては宝の山!本当に勉強になります。
 
 でも、正直言って、「生き残るための王道」はよく分かりません。というか、無い気がします。無いがゆえに先輩方も模索しながら進んでらっしゃる。
 
 基礎的な文章力と日本語力を鍛え、
 着眼力や取材力・構成力を磨き、
 読み手の気持ちを考え、
 目の前の原稿を精一杯書く。
 謙虚に教えを乞い、
 現状に甘んじないで、新しいチャンスを得られるようアンテナを張る。

いま私にできることはそこに尽きる気がします。

 新しい挑戦は年内にできるか、来年に積み残しになるか。最後の最後で情けない締めですが、いろいろと模索しております。経験上、「潮目」のようなものが人生にはあり、動かないときはまったく動かないけれど、進むときは自分でも驚くくらいトントン物事が進みます。いい潮の流れを待つ、もしくは流れを起こす、どちらのタイミングも逃さないよう、Q4精進します。


それでは今日は、この辺で!


 



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