アラサーライター吉原由梨の 「ようやく大人 まだまだ女」

フリーライター/コラムニスト、吉原由梨のブログです。 Webサイトを中心に執筆しています。 都内の大学法学部卒業後、 ITメーカーOL→ 研究機関秘書職→ 専業主婦→ フリーライター兼主婦 日々感じること、ふとしたことからの気づきを綴っています。恋愛と結婚を含む男女のパートナーシップ、人間関係、心身の健康、家庭と仕事、グルメや読書の話など。美味しいもの、マッサージ、ふなっしー大好き。 Twitter:@yuriyoshihara こちらもお気軽に。

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ひと

STORYS.JPに朽木誠一郎さんが投稿された、
良心は元カノの声をしていた
を拝読した。

ひきこまれて夢中で読んているうちに、昔、私が初めて「お付き合い」というものをした男の子を思い出した。
もちろん全部じゃない。でも、ちょっとだけ共通する部分があったから。

15歳の頃。
いまとなってはもう何が好きだったのか思い出せないけど、顔が嫌いじゃなくて、共通の話題があって、自分のことを好きと言ってくれて、一緒にいてドキドキできれば、思春期ならではの恋愛への憧れと正体不明の寂しさを持て余していた私には、つき合う理由としては十分だった。

その人は音楽が好きで、作曲してシンセサイザーだかキーボードだかで打ち込んだ曲を聴かせてくれたけど、正直それが上手いのか、よく分からなかった。
でも、一緒にいる時間は楽しくて、学校の帰り道に河原で延々しゃべったり、映画を観たり、カラオケにいったり、いかにも高校生っぽいお付き合いを楽しんでたと思う。あ、クリスマスにはマフラーも編んだっけ。

ちゃんと好きだった。その証拠に、付き合ってることが教師にバレて進路指導室に私だけ呼び出されたとき、
「あなた、これから進路を考えたら大切な3年間でしょう。男女交際してる場合じゃないわよ。どちらか選びなさい」
と言われて、号泣しながらも
「無理です。進路は妥協しません。手は抜きませんから、別れません」
と毅然と答えていた。
(今思えば若い…。そんなの、しおらしくしといてこっそり付き合っとけばいいのに)
多分、付き合い出して3ヶ月くらいの頃。最初はただの「恋愛への憧れ」だったのが、いつの間にか「唯一甘えられる場所」になってたんだと思う。
私は3人兄弟の1番上にうまれて、なんとなくずっと「しっかりしたお姉ちゃん」だった。親に甘えるのがとにかく下手で、友達に甘えるのも下手で、どこかいっつも孤独感を抱えてたから、彼氏という存在が出来て、甘える私を可愛がってくれる人がいる状況が、こんなにも楽なのかと幸せを感じてたのだ。もはや「この人じゃないと」っていう属人的な愛情じゃなくて、「甘える相手」という立ち位置で彼のことを必要としていたんだろう。

私もそんな具合だったが、彼の方はもっとエスカレートしていった。彼はちょっと複雑な家庭に育っていて、母親との関係がこんがらがっていた。隣にいると、「母に愛されたい、でも憎い。強がっていたい」と、小さい男の子と思春期の高校生の思いとが内側で強烈にせめぎ合ってるのがひしひしと伝わってくる。
そして彼は、私に母を求めた。
もはやこれは、彼の責任ではないといまでも思う。そう思ったから、私はできる限り受け止めた。自分自身も甘えたい子供なのに、彼を支えたいと思った。頑張った。二人だけの世界で彼の心を守ろうとした。
でも、やっぱりだんだんと湧き上がってくる違和感は拭えなかった。たかが15,16歳のガールフレンドに母を求められても困る、と私の中の理性が叫びだしたのだ。自分が甘えたいとかもうどうでもいい。

ある日、意を決して言った。「もう別れよう。無理だよ」
そのとき彼が泣きながら言ったセリフはずっと忘れていない。
「由梨ちゃんいなくなったら、俺、ひとりだよ」

猛烈に卑怯だと思った。そんなこと言われたら、去れないじゃないか。

結局去れなかった。もう、愛とか恋とか愛情とかでなく、単なる「情」だ
一度そうなると、それまで目をつぶっていた彼の欠点がものすごく私を苛立たせるようになる。
当時、私達が通っていた高校は地方ではそこそこの進学校だった。当然、進路のことも早くから考える。彼は、何も目標らしきものを口にしなかった。不言実行とか、そんなカッコいいもんじゃない。斜に構えて、逃げてるのだ。そのくせプライドだけは高い。
「勉強しか能がないなんてダサい」
「中途半端な大学にはいきたくない」
「俺は音楽って道もあるし」
100回きいた。


勉強しか能がないなんてダサい!? 勉強してから言ってよ。全然パッとしないくせに。
中途半端な大学はいやだ!? 今のあなたじゃ中途半端なとこにも行けないよ。
音楽の道がある!? それならデモテープ送るなりコンクール出るなり、現実的に動きなよ。いままで一度でも、ちゃんとプロに評価されたことあるの?
本気出して負けるのが怖いから、自分のプライドが傷つくのが怖いから、「本気じゃないし」ってカッコつけて逃げてるだけじゃない。

口を開けば罵倒の言葉が次々飛び出しそうで、いつも聞いてないふりをした。

私が男性に「尊敬できること、その人の道で努力すること、実力とそれに見合ったプライドがきちんとあること」を求めるようになったのは、きっとこの辺りが原体験なんだろう。


結局、彼と最終的にどんな別れ話をしてどうやって別れたか覚えていない。つらすぎて忘却の防衛本能が働いたんだろうか…。
でもなんとなく、最後は泥仕合だった気がする。別れたい女と別れたくない男。どんなにすがられても絶対に去ると決めた女と、すがりまくると決めた男。
無事に別れられても、手紙やらメールやら、下校途中やらで随分うっとおしい思いをした。もう嫌気しかなかった。

そんなすったもんだの末、なんとか日常を取り戻して勉強に部活に忙しく過ごしていたら、なんとなく彼に対する嫌悪感も薄れて「好きでも嫌いでもないどうでもいい人」になっていった。やれやれだ。もう彼は彼で勝手に元気にしててくれればいい、そう思った。
なのに、嫌なニュースほど耳に入るものだ。
私と泥仕合をしてすがりまくっていたあの頃、他の女の子とすでに何かが始まっていたらしい。正直にいって、死ねよと思った。他に女がいるなら私をさっさと解放してくれればよかったのに。
さらにそれではすまない。
担任との進路面接で、「俺も1年本気出せば東大受かりますかねー」といい出したらしい。(もちろん瞬時に否定されたらしいが)
さっきの浮気の話より、さらに死ねよと思った。ふざけるな。努力するという努力を知らないあなたが、「1年本気出せば東大」だと? もはや不遜だ。プライドばっかり高くて、ほんとに何も変わってない。出せるもんなら出してみなよ、本気。そしたら私はあなたを2ミリくらい見直すよ。(当時すでにぼんやりと東大を目標に掲げていた私にとっては、自分の積み上げてる努力を愚弄された気分だった)

この2件で、彼はもはや人生で顔も見たくない人になった。
もちろん、今どこで誰と何をしてるか全く知らないし、興味もない。生死すらどうでもいい。


朽木さんの美しい文章から、比べものにならないほどのダメ男を思い出してしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだが(本当にごめんなさい)、元カノさんがクッションを殴りながらぶつけた言葉は、16歳の私の心の声とあまりに似ていて書かずにはいられなかった。
あのダメ男が朽木さんほどのひとかどの人物になっている可能性は、0ではない。世の中に絶対はない。

でも私は、限りなく0に近いと思っている。
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赤坂見附って知っていますか? 
東京以外の方はピンとこないかと思うので簡単に説明すると、東京メトロ(地下鉄)の駅名で、ビジネス街でもありますが、駅周辺はどちらかというと飲食店街、飲み屋街です。
歌舞伎町ほど巨大でも派手でもなく、渋谷ほど若くなく、六本木ほど猥雑でもなく、銀座ほどには高級でもなく。程々な大人感と色っぽさがありつつ気さくないい街です。
ランドマークは赤坂サカスのTBS、博報堂、ホテルニューオータニといったところでしょうか。

さて、タイトルで『酒と泪と男と女』的な恋愛物語を想像された方、ゴメンナサイ。そういうメロウなエントリではないんです。

ある女友達の恋の話。
彼女は才媛そのもの、整った顔立ちで、愛嬌もあり、男女ともに親しまれる人柄。あぁなんだか人生の表街道をいってるよなぁ……と会うたび思わされるなんともレベルの高い女性です。少し前に何人かで食事したとき、彼女の昔の恋の話になりました。
「あれ、あの時の彼氏と別れたのって、いつ頃だっけ?」
「夏頃、かな」
「え? じゃあ次の彼氏と付き合い始めたのは?」
「……夏頃(笑)」
あーーーーー、ね。みんな大人なのでそこら辺はニヤッと笑っておしまい。
そのときメンバーの一人がすかさず言いました。
○○ちゃんの恋は、赤坂見附だから

どゆこと??
(そのとき居たのは麻布十番。なんで突然赤坂見附がでてくるのか謎だった。)
数秒間みんなきょとーんとした後、合点がいって一気に爆笑。

赤坂見附駅を通る地下鉄は2線、銀座線と丸ノ内線です。
渋谷方面から東京や大手町、文京区方面に行く場合は、まず銀座線に乗って、赤坂見附駅で丸ノ内線に乗り換えます。
で、そのときの乗り換えが、ひとつのホームを挟んで両端に銀座線と丸ノ内線が走ってるので、とっても楽。ほとんど、ホームの向かい側で既に待ってる電車に乗るか、1分も待てばやってくる電車に乗ればいいだけ。

もうお分かりですよね。つまり、彼女の恋はいつも、ひとつの恋に終止符を打つときには次のお相手がすでに待っているか、少なくとも候補になりそうな人がいる、ってこと。それが、「○○ちゃんの恋は、赤坂見附だから」の意味です。
うまいこというなーと感心ました。

人によってはそれは不誠実だ、と思うかもしれませんが、まぁ恋愛なんて当事者にしか分からない事情があるし、実質もう関係が破たんしてて最後の泥仕合をしてるときに新しい人が現れた、という舞台裏もあります。形式的にはかぶってても、実質的にはかぶっていないというか。

いずれにせよ、
一方で恋愛の移り変わりを地下鉄の乗り換えにたとえてしまう友人の絶妙なセンスに脱帽し、他方でたとえられてしまった彼女の「赤坂見附っぷり」が羨ましいなぁと思ったのでした。
だってね、ニーズは途切れないほうがいいですよね。

GWに赤坂見附の街を歩いて、そんなことを思い出した今日この頃です。 


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発端はめちゃくちゃしょうもないことだけど、「えっ?」と思うことがあった。
なぜか私が反射的に謝ってしまって、よくよく考えたら私が謝るのはおかしくない? とふつふつと疑問とイラッと感がわいてくる。

ここでどうするか

1 ぐっと飲み込む。すなわちスルーする。
2 「おかしいよね」と相手に伝える。


多分、世渡り上手な人は1を選ぶと思います。波風たたないし、まぁとりあえずこれ以上空気悪くならない。
でも私は2を選んでしまった。
バカめ。バカ正直の世渡り下手。

2を選んだのは、言わなきゃ気持ちがおさまらないとかそういうことではなく、言えばわかってくれると思ったから。

言ってもわからないと思う人、どうでもいい人なら気力をさくだけアホらしいので、笑顔で無言でスルーします。つまり、迷わず1。

でも言えばわかってくれると思う人、関係を大事にしたいと思う相手には、小さい引っかかりを残したくないし同じようなことを繰り返したくないから、言うべきことは言う。2を選ぶ。
あ、もちろん罵詈雑言とかじゃなく、できるだけ淡々と。
それでムカつかれたり、「こいつめんどくせーもう知らねー」と思われたりしたら最悪だけど。めちゃくちゃヘコむけど。


ときどき私は性善説に立ち過ぎるのかなと思うことがあります。
でも、少数の「信じられる人」は信じたいなと、いまだにそこから離れられずにいます。
今までそれで何回か裏切られましたけどねー。ははは。


重い女です、ええ。
軽くなりたいね!フワフワと!無理だけど!


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綺麗なお姉さんは好きですか?私は大好きです!!!!

中高生の頃から、美女に目がありません。みんなが学校でイケメンを探し、家に帰って「8時だJ」を見ていた時代、私は学校で、街なかで、美女探しに余念がありませんでした。
とはいえ、私は異性愛者なので、恋愛対象として美女を探してたわけではなくて、多分憧れの対象にしたいとか、お手本が欲しいとか、あとは単純に美しいものを見ていると幸せな気持ちになるからだったんだろうと思います。

そのせいなのか偶然なのか、気の合う友人にも可愛い子が多く(私が吸い寄せられているのだろうか……)、私の結婚式では新郎友人が「新婦友人が全員可愛い」とざわついていたらしいです。
ふふふ。そうでしょうそうでしょう。高砂から見てても幸せよ。自分が褒められるより嬉しい。
(でもちょっとは花嫁もほめてちょうだい。)

話が逸れましたが、美女好きは今でも変わっていなくて、街を歩いていてイケメンは認識しないのに、美人には目ざとく気づきます。
さすがに中高生の頃とは少し着眼点が変わってきていて、元々の顔の造作だけじゃなく、メイクの仕方とか、ヘアスタイル、服のコーディネートなんかで、自分を良く見せる方法を知ってるなぁと思わせられる人に目を奪われます。(男性へ。女性はヘアメイクで、欠点をカバーして良い所を強調することができるんです。)

あと華やかさのなかに「品」があるなぁと感じる人。
この「品」というのは正体不明な概念で、○○だから品がある、という定義がどれだけ考えてもバシッと思いつかない。
俳優の堺雅人さんも、大河ドラマ『篤姫』で将軍家定を演じる際に監督から「いきいきと、でも上品に」と指示されたそうで、品とはなんぞやと延々と悩んだんだそう。当時女性誌で連載していたエッセイが書籍化され、その中で3回に渡って「品」について書かれています。1回2000字と少なく見積もっても、6000字……結構考えてますよね。身分制度や能にまで思いをいたして熟考されたようですが、それでも堺さん、はっきりとした結論は出ていないようでした。

私が好む「品」も、スノッブさとかすました感じではなく、もっとそこはかとなく漂うような、滲み出るようなものです。
その由来はなんなんだろう、育ちの良さだろうか、言葉遣いだろうか、装いだろうかといろいろ考えたのですが、別に両家の子女でなくても品のある人はたくさんいるし、下ネタをがんがん言ってても品のある人もいる。逆に、装いだけは上品でも、漂う空気がはすっぱな人もたくさん見かけます。

結局のところ、私が感じる品の良さの発生源は、「良識」や「気立ての良さ」なのかなと最近は思うにいたりました。人間性から滲み出るもの、といいましょうか……。
たとえば、浮かんだ言葉をフリーパスで口に出すんじゃなくて、「これを言ったら相手がどう思うか」を0.5秒考える行為、仕事においてもプライベートにおいても出るところと引くところをわきまえている賢さ、よく知らない相手のことを一度は好意的に見てみようとする姿勢、人の発言をハナから拒絶しない素直さ、親切には親切で応えようとする真っ当な感覚……そういう諸々に現れる「良識」「気立てのよさ」が空気として漂って、顔立ちにも影響するのでは、と思っています。
よく言いますよね、「ハタチの顔は親からの贈り物。28の顔は本人の功績」って。もう私28はとっくに過ぎてしまいましたが、この言葉って当たってるなと思います。生まれ持った顔の造作は変えられなくても、表情とか目線とか、もうほんとちょっとしたところに出るんですよ、人間性が。

というわけで私を惹きつけてやまない美女は、見た目華やかで良識があって気立ての良い女性、というのが2016年4月時点の暫定基準です。
面白ければさらに最高。

いい人いたら紹介してください。



ここまで延々と美女について好き放題書いてきました。「あんたの趣味なんてしらないよ」と思わず、いや思っても、読んで下さってありがとうございます。

さて、そんなわけで美女が好きな私にはたまらないイベントが表参道ヒルズで開催中です。
「蜷川実花写真展FASHION EXCLUSIVE」蜷川実花さんのご活躍はメディアを通して知ってはいましたが、映画や写真展はみたことがなく、これはみたいぞー!と行ってきました。image

蜷川実花さんらしい華やかな色彩の世界がバーンと広がります。人気アーティストやモデル、女優や俳優という豪華な面々を撮った力作が、大きなパネルで飾られると、迫力と鮮やかさに圧倒される。
会場をぐるりと回って、蜷川さんはやっぱり赤の美しさを引き出す腕が超一流なのだなぁと思わせられました。他のカラフルな色も、淡い色ももちろん良いのですが、赤の持つ引力が半端じゃなかったです。
そしてパネルにはとにかく美女、美女、美女! 恍惚の時間でした。私がとくに見とれたのは、安室奈美恵さんを撮った1枚(こちらはこの写真展の中では少しシックな部類)。クールで、上質な女、といった安室さんの一面を引き出しているように感じました。
あと一枚は、柴崎コウさん。これは、赤が使われた一枚です。ミステリアスな表情の柴崎さんと、黒と赤とのコントラストが美しい……! もうはっきり言って、超大作の映画の予告編で一番長く流れるメイン画像、というくらいのインパクトと完成度だと思います。

私のイチオシ(2枚あるけど)はこの2つ!
GW中開催しているので、ふらっと見に行ってみてはいかがでしょうか〜? 
そこまで広いスペースではないので、混んでてゆっくり見ても1時間あれば十分かと。
推し美女、推しファッションにみとれる休日もなかなか良いのでは。

お気に入りをぜひお聞かせください。
あ、あと皆さんの「品」の基準もきいてみたいです。


ではでは☆ 

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高校時代からの友人が、新卒で就職した企業を退職しました。日本を代表する航空会社の1つで、CAをしていた彼女。
結婚し、第一子を妊娠して産休&育休、その間に第二子を妊娠したので再度産休&育休。育児をしながら、今後の仕事をどうしたもんかとずっと考えていたそう。
1年くらい前だったか久しぶりに会ったとき、
「やめるか続けるか迷ってるんだよねぇ」
と言うので
「んー、旦那さんの収入で十分やってけるだろうけど、せっかくだから一旦復帰してみたら?職種的に時短は無理にしても、なんか復帰後の制度ないの?」
と聞いたところ、驚きの答えが。
「ない。国内線か国際線かの希望すら出せない

えっ!?
いやいや、子育てしながら国際線って……鬼?

だって、CAさんって泊まり勤務がどうしても発生しますよね。国内線ならせいぜい一泊だから、旦那さんがその日だけ早く帰るとか、帰れるまでシッターさんを頼むとか、まぁやってやれないこともない気がする。
でも国際線だと……。下手したら4〜5日帰れない。もうそれって、旦那さんが専業主夫か、絶対6時に帰れるか、3世代同居でもしてない限りまず無理だと思うんです。
友人は夫婦とも実家が遠方だし、旦那さんも忙しい。

「グランドホステスに社内異動って言う道はないの?」
「うん、採用のラインがもう全然別だから、それも無理なの」

結局、彼女は退職を決めました。

専業主婦になって子供といっぱい一緒にいられる生活も幸せだと思う。でも、そこに彼女が選択する余地はなかった。
厳しい採用試験をパスして、訓練うけてやっと1人前になったのに、家庭人としての役割を全うしようとすると辞めざるを得ないシステムなんだなぁと、なんとも言えない気持ちになりました。しかも零細企業じゃなくて、名だたる大企業で。

会社のシステムの壁、預け先の不足、周囲の無理解、ママの復帰を阻むものは沢山ある。
政府も、企業も、男性も、本気で女性に「産め、そして働け」というなら、根本から意識・制度改革してくれないとこりゃ無理だよ……と身近なところでしみじみ感じた今日この頃です。


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